レポート作成に関する注意事項

教員としては、いわゆる「守破離」といった考え方に基づいて、皆さんが課題レポートを作成していただければと考えています。

 すなわち、元となる素材もアイデアも何もない無から、レポートや論文を作成することは困難ですし、効率的でもありません。レポートや論文のもととなる素材やアイデアのすべてを自分で作成・用意することも現実的には不可能なことです。他の人や企業がすでにおこなった調査や研究のデータやレポートを、自分のレポートや論文のためのネタ元(素材)として積極的に使うことは良いレポートを作成するのに有用ですし、必要不可欠なことです。
 企業経営の分析においてポジショニング・アプローチ的視点とResource-Based View的視点の両方が必要なように、レポートや論文の作成においても、「どのような問題意識のもとに分析するのか?」ということとともに、「どのようなresourceが利用可能なのか?」ということが重要です。

 ただし自分の知的能力を高めるためには「レポートの文章のoriginが自分である」という表現のoriginalityが重要です。他人の文章をコピペするということは、いわば「知的窃盗行為」であると同時に「知的自殺行為」です。

 
それゆえ下記の指示を厳守して下さい。指示が守られていない課題レポートは採点の対象としません。場合によってはペナルティや処分の対象となります。
 
  1. 日本語版Wikipediaのみを参考資料としてレポートを作成することや、まとめサイトの記述だけを見てレポートを作成するような手抜きは絶対にしないでください。それは、レポート作成を課題としてこなすことの教育的意味を損なうものとして教員の教育的意図に反する知的自殺行為です。そうしたことは社会のAI化イノベーションの中でたくましく生き抜くために必要な自分の能力を伸ばすことにつながらず、単なる時間の無駄です。
    課題レポートの作成に際して、まとめサイトやウィキペディアなどに類いするWEBサイトの記述を参照すること自体はレポート作成時間の短縮のためにも有用ですので構いませんが、そうした場合には、そうしたWEBサイトの記述が参照している元のWEBページや文献資料も必ず読んでから課題レポートを作成して下さい

  2. 特に断り書きがない限り、課題レポートの作成に際しては、日本語版Wikipediaやまとめサイト以外に、3つ以上のWEBページまたは文献資料を必ず参照してください
    また課題レポートの中に自分が利用したWEBページまたは文献資料をすべて明示して下さい。

  3. 下記WEBページに示されている「レポート・論文の盗用等不正行為への注意」をよく読むとともに、それらに書かれている指示を遵守すること。盗用等不正行為に対しては、「定期試験での不正行為(カンニング)と同様の処分(その科目のみならず当該期の全登録科目の不合格や停学処分等)の対象となることがあります」ので注意してください。
  4. 引用表記および図表の付け方に関しては、上記WEBページにある「経営学部論文執筆要項」の指示にしたがって下さい。ただし「1頁の行数」、「1行の文字数」、「フォント」、「見出し設定」などの設定に関しては、「経営学部論文執筆要項」の指示ではなく、下記に挙げたテンプレートファイルの設定にしたがって下さい。
  5. 表紙は不要です。「経営学部論文執筆要項」は論文に関する要項であるため、表紙を付け、そこに「論文タイトル」を記載することとなっていますが、課題レポートでは表紙および論文タイトルは不要です。
カテゴリー: 佐野ゼミ生用 | コメントする

マーケティング近視眼問題:Product vs Needs

セオドア・レビット(Theodore Levitt)によれば、企業は、Productよりも、Needsの方をより重要視すべきである。すなわち、企業は、自らが顧客に現に提供している<製品>それ自体よりも、製品が充足している<顧客ニーズ>の方をより重要視すべきである。
 言い換えれば、「顧客に現にどのような製品(あるいはサービス)を提供するのか?」や「将来的にどのような製品(あるいはサービス)を提供するのか?」という企業活動のドメイン(対象領域)設定に際して、<製品>レベルに留まって定義することは適切ではない。製品(あるいはサービス)が充足する<顧客ニーズ>レベルにまで降りてドメインを設定すべきである。

 企業活動のドメイン(対象領域)を 「製品」(あるいはサービス)レベルで定義することは、ドメインの物理的定義と呼ばれている。これに対して、企業活動のドメイン(対象領域)を 「製品」(あるいはサービス)が充足する<顧客ニーズ>レベルで定義することは、ドメインの機能的定義と呼ばれている。
 レビットは、機能的定義を問題にせず、物理的定義のレベルでのみドメイン設定を考えることを、「マーケティング近視眼」(Marketing Myopia)と呼んだ。
 マーケティング近視眼の問題については、1年次学部必修科目「経営学」の教科書『経営学への扉』第5版、白桃書房、pp.54-55で説明されている。そこでは19世紀後半~20世紀前半期のアメリカの鉄道企業は自社の事業ドメインを鉄道事業と捉えるという「マーケティング近視眼」に陥っていたために衰退したという事例を取り上げながら、ドメインに関する物理的定義と機能的定義の問題が論じられている。

 
問1 19世紀後半~20世紀前半期のアメリカの鉄道企業における「マーケティング近視眼」の問題について、『経営学への扉』第5版、白桃書房、pp.54-55および下記引用文を利用しながら、分かりやすく説明しなさい。(5点)
 
”railroad executives seen themselves as being in the transportation business rather than the railroad business, they would have continued to grow. ”
“The railroads did not stop growing because the need for passenger and freight transportation declined. That grew. The railroads are in trouble today not because that need was filled by others (cars, trucks, airplanes, and even telephones) but because it was not filled by the railroads themselves. They let others take customers away from them because they assumed themselves to be in the railroad business rather than in the transportation business. The reason they defined their industry incorrectly was that they were railroad oriented instead of transportation oriented; they were product oriented instead of customer oriented.”
[出典]Levitt, T.(1960) “Marketing Myopia,” Harvard Business Review, July-Aug 2004.,p.138
 
問2 レビットは、Levitt, T.(1960) “Marketing Myopia,” Harvard Business Review, July-Aug 2004,pp.138-139において、” Hollywood barely escaped being totally ravished by television. Actually, all the established film companies went through drastic reorganizations. Some simply disappeared. All of them got into trouble not because of TV’s inroads but because of their own myopia. As with the railroads, Hollywood defined its business incorrectly. It thought it was in the movie business when it was actually in the entertainment business.”と述べて、20世紀中頃のアメリカのハリウッドの映画企業も「マーケティング近視眼」に陥っていた、としている。
 これはどういうことなのかを、動画ニーズの充足という視点から分かりやすく説明しなさい。(15点)
カテゴリー: 未分類 | コメントする

資金決済に関するイノベーション

金融庁 金融審議会(2015)「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ報告~ 決済高度化に向けた戦略的取組み ~ 」
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20151222-2.html

酒巻哲朗(2018)「デジタル経済の進展と支払手段の多様化」
財務省財務総合政策研究所(2018)『「デジタル時代のイノベーションに関する研究会」報告書』第1章
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2018/digital2018_report01.pdf

淵田康之(2018)「キャッシュレス化と決済サービスの変化」財務省財務総合政策研究所(2018)『「デジタル時代のイノベーションに関する研究会」報告書』第2章
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2018/digital2018_report02.pdf

淵田康之(2016)「送金・決済のイノベーションに向けた英米の取組み」野村資本市場研究所
http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2016/2016sum02.pdf

黒田東彦(2016)「決済イノベーションとFinTech-中央銀行の視点―」(日本銀行総裁・黒田東彦氏による第17回決済システムフォーラムにおける挨拶)
https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2016/data/ko160317a.pdf

笠井彰吾(2017)「金融サービスのオープン・イノベーションに向けた環境整備― 銀行法等改正案をめぐる議論を中心に ―」『立法と調査』No.391, pp.59-72
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2017pdf/20170801059.pdf

中田真佐男(2017)「我が国における小額決済手段のイノベーションの現状と課題」『社会イノベーション研究』12(1)

カテゴリー: 未分類 | コメントする

国営放送 vs 公共放送

NHKは、下記WEBページにあるように、自らを「国営放送」ではなく、「公共放送」と規定している。

NHK「公共放送とは何か」NHK質問集トップ>NHKについて>組織・理念・経営
https://web.archive.org/web/20170706104204/https://www.nhk.or.jp/faq-corner/1nhk/01/01-01-02.html
なお本WEBページでNHKは、「国家の強い管理下で行う放送」を国営放送と規定するとともに、「営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送」を「公共放送」と規定している。
 

NHKは、そうした「営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送」としての「公共放送」が可能となっている制度的理由として放送法および受信料制度がある、としている。
例えばNHKは、下記WEBページにおいて、放送法は「NHKがその使命を他者、特に政府から干渉を受けることなく自主的に達成できるよう、基本事項を定め」ているとするとともに、「NHKが自主性を保っていくためには、財政の自立を必要」とするが、そうした財政的自立は受信料制度に実現されている、としている。
なお下記WEBページでは興味深いことに、NHKの予算の承認や経営委員の任命等に関する国会による規制は、「NHKの事業運営に視聴者のみなさまの意向が的確に反映されるようにとの考え方から定められている」としながらも、そうした国会による規制の現実的結果としてNHKが「半官半民」あるいは「国営放送」と誤解されることになっている、とも記述している。

 
カテゴリー: 未分類 | コメントする

NHK受信料の社会的存在性格および社会的意義

  1. WOWOWやスターチャンネルなどが提供している有料放送番組サービス、Netflixなどが提供している有料ネット動画配信サービスは、「多数の人々が同時に利用可能(non-rivalrous)である」にも関わらず、公共経済学的意味でのpublic goodsではない。
     というのは、それらのサービスで提供されている動画コンテンツは、「視聴料」を支払わないと視聴することができない、すなわち、excludableだからである。
    WOWOW、スターチャンネル、Netflixなどの民間営利企業は、視聴者から「視聴料」を徴収することによって自らの事業継続に必要な費用をまかなっている。

  2. 一方、NHKも放送法第64条(受信契約及び受信料)の第1項の規定、すなわち、NHKの「放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」という規定に基づいて、テレビを設置している人や企業から受信料を取ることによって自らの事業継続に必要な費用をまかなっている。
     NHKは、NHKの受信料支払いを拒否している人や企業に対しては裁判に訴えてでも受信料を強制的に徴収している。

  3.  しかしながらそうしたNHKの受信料制度の存在にも関わらず、NHKのテレビ放送番組は、民放のテレビ放送番組と同じく公共経済学的意味でのpublic goodsとして位置づけることができる。その理由の一つは、NHKの「受信料」は、WOWOWやスターチャンネルなどが提供している有料放送番組サービス、Netflixなどが提供している有料ネット動画配信サービスにおける「視聴料」とはその性格がまったく異なるからである。

  4. 「視聴料」は動画コンテンツの視聴の対価であるから、WOWOWやスターチャンネルなどが提供している有料放送番組、Netflixなどが提供している有料ネット動画などの動画コンテンツを視聴したい人は「視聴料」を支払う必要がある。
     その一方、当然のことながら、当該事業者が提供している動画コンテンツをまったく「視聴」しない人は「視聴料」を払う必要はない

  5.  ところがNHK受信料は「視聴料」ではないので、NHKが地上波デジタル放送やBS放送などで提供しているテレビ番組を「視聴」している人だけでなく、まったく「視聴」しない人であっても、放送法の規定に基づき受信料を支払う必要がある。(電気・ガス・水道といった公共サービスに関わる公共料金は、そうしたサービスの利用に対する対価(利用料金)であるから、電気・ガス・水道の設備があっても契約をせず利用しなければ料金を支払う必要はない。)

  6.  またその一方で、NHK受信料は「視聴料」ではないので、受信料を支払ってはいない人もNHKの番組を視聴することができる。
     実際、下記WEBページにあるようにNHK受信料支払拒否者に対する裁判などの結果として、2019年度にはNHK受信料の世帯契約率がついに80%を超えるまでに増加した。とはいえ20%近くの人はまだNHK受信料を支払ってはいない。5世帯に1世帯の割で、NHK受信料を支払ずにNHKのテレビ番組を視聴しているのである。

     

     地デジ化以前のアナログ放送ではfree riderの排除は技術的に困難であったが、日本における地デジ化の際に導入されたB-CASカードによるスクランブル技術により、free riderの排除が技術的に可能となった。
    現在ではスクランブル技術を利用すれば、NHK受信料を支払ってはいない場合に、NHKが地上波デジタル放送やBS放送などで提供しているテレビ番組を視聴できないようにすることができる。そうであるにも関わらず、NHKはそうした形でfree riderを排除することはしていない。
    NHKは、受信料を支払わない人に対して、NHK放送受信料の契約・収納業務を担うNHK訪問員による説得や、NHK受信料の支払拒否者に対する裁判により、NHK受信料の納入率の向上を図っている。NHKは2019年度に7,230億円の受信料収入を得ているが、NHK放送受信料の契約・収納業務に関して契約収納費として約630億円も支出している。NHKは、テレビ東京が2019年度に番組制作に費やした金額370億円を大きく超える金額を、NHK放送受信料の契約・収納業務に費やしているのである。これは正常な事態であるとはあまり言えないであろう。)

問1 このようにNHKが地上波デジタル放送やBS放送などで提供している動画コンテンツは、「NHKのテレビ番組を実際に見ているか否か?」とはまったく無関係に、テレビを設置していること、すなわち、テレビを所有していることを根拠に受信料は毎年取られる。
 税金の中には、NHK受信料と同じく、それを「実際に利用しているか否か?」とはまったく無関係に、それを持っていること(所有)を根拠に毎年取られる税金がある。
 例えば、土地や住宅を所有している人は、「その土地や住宅を実際に利用しているか否か?」とはまったく無関係に、土地や住宅に対する固定資産税を毎年取られる。空き地、空き家であっても固定資産税を支払う必要がある。
 「それを実際に利用しているか否か?」とはまったく無関係に、「それを持っていること」(所有)を根拠に毎年取られる税金は、固定資産税以外にもある。「それはどのような税金であるのか?」、「なぜ、利用とはまったく無関係に所有を根拠としてそうした税金が課されているのか?」、「まったく利用していないにも関わらず、そうした税金を支払うべき正当な社会的理由は何か?」を考察しなさい。

問2 NHK受信料に関して、「放送法に基づく契約締結義務として受信料を取るのではなく、税金の一種として受信料を法的に強制的に取るようにすれば、受信料を支払う世帯と支払わない世帯での社会的不公平がなくせて良いのではないか?」という主張がある。
 第二次大戦後に成立した放送法制定時に、「受信料を税金とはしなかった社会的理由は何か?」、「なぜ税金でNHK放送を支えるような社会的制度設計とはしなかったのか?」ということを考察しなさい。


問3 21世紀の現在では、インターネット技術の発展の結果として、数多くの動画コンテンツを有し、地上波デジタル番組でもその投稿動画が取り上げられることも多いYoutubeや、「全部で25チャンネルものチャンネル数を持ち、ニュース番組、ドラマ番組、アニメ番組などを無料でネット配信している」ABEMA TVなどのように、多種多様な無料動画コンテンツを数多く見ることができる。
 このように営利事業者も含め、多種多様な無料動画コンテンツを数多く見ることができるようになった現在でもなお、NHKの受信料制度を存在させる社会的意義および社会的正当性はどこにあるのかを考察しなさい。

カテゴリー: テレビ | コメントする

携帯音楽プレーヤーの製品イノベーションに関するシーズ的要因とニーズ的要因

製品イノベーションは、シーズ的要因とニーズ的要因の二つの視点から論じることができる。すなわち、携帯音楽プレーヤーに関する下記の製品イノベーションについても、シーズ的要因とニーズ的要因の二つの視点から論じることができる。
 
    radical product innovation 1 携帯型音楽カセットプレーヤーから、携帯型音楽CDプレーヤーへの製品イノベーション
    radical product innovation 2 携帯型音楽CDプレーヤーから、携帯型DAT機器への製品イノベーション
    radical product innovation 3 携帯型DAT機器から、携帯型音楽MDプレーヤーへの製品イノベーション
    radical product innovation 4 携帯型MDプレーヤーから、携帯型メモリタイプ型音楽プレーヤーへの製品イノベーション
    radical product innovation 5 携帯型MDプレーヤーから、携帯HDD型音楽プレーヤーへの製品イノベーション
    radical product innovation 6 携帯型MDプレーヤーから、携帯DVD型音楽プレーヤーへの製品イノベーション

 
上記のようなradical product innovationのシーズ的要因に関しては、「携帯音楽機器の製品イノベーションに関するneedsとseeds-2020ver1」というファイルのように理解することができる。
 
問 「携帯音楽プレーヤーのradical product innovationの1から5までについて、そのニーズ的要因は何か?」ということを下記のような形で考察しなさい。
 
携帯音楽プレーヤーのradical product innovation 6に関わるニーズ的要因
radical product innovation 6に該当する製品は、SONYが2001年に販売開始したDVDウォークマン「D-VM1」である。
同製品は、下記Web1に示唆されているように、「音楽CDを屋外で手軽に聞きたい」「音楽CDを屋外で歩きながら聞きたい」といったそれまでのニーズだけでなく、「音楽ビデオDVDを屋外で手軽に楽しみたい」という新たな潜在的ニーズに応えること、すなわち、市場で広く認識されているわけではないが、「音楽ビデオDVDを屋外で手軽に楽しみたい」という潜在的な必要性(necessity)を充足する一定の有用性(usefulness)を持ったnew productである。
すなわち、同製品は「音楽ビデオを屋外で手軽に楽しむ」ことができるようにすることを目的としたradical product innovationの試みと位置づけることができる。
 しかし下記Web2のグラフに示されているように、「音楽ビデオ」のdemand(需要)は、「音楽CD」のdemand(需要)に比べてかなり限定的なものでしかなかった。
また「音楽CDを屋外で歩きながら聞く」ことは社会的にそれほど不適切な行為ではないが、「音楽ビデオを屋外で歩きながら見る」ことはかなり違和感のある行為であるだけでなく、社会的にかなり不適切な行為である。(そのことは、最近は、「歩きスマホ」禁止が社会的に強く言われていることを考えれば理解できよう。)
 そうした二つの要因により、「DVDウォークマン」に対するdemand(需要)はさほど大きなものとならず、「携帯音楽ビデオプレーヤー市場」あるいは「携帯ビデオプレーヤー市場」の創造に失敗した、と推測される。
 
 
 
カテゴリー: 未分類 | コメントする

情報公共論第7回目課題-NHK独自の「放送の公共性」に対するレポート作成上の注意

  1. 「NHKが自らをどのような意味で公共放送と規定しているのか?」を調べるとともに、「NHKによるその規定は、NHKの独自性を本当に示しているといえるのかどうか?」「NHKは、NHKの独自性を示している点を本当に満たしているかどうか?」を考察してください。
  2.  
    例えばNHKは下記WEBページでは「電波は国民の共有財産であるということからすると、広い意味では民放も公共性があるということになります」というように民放にも公共性があるとしながらも、「公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送」であるというように規定しています。
     
     
    すなわち、NHKによるこうした規定に基づけば、公共放送であるための要素は下記の3つということになります。
     
    1) 非営利性
    2) 国家の統制からの自立
    3) 公共の福祉への寄与
     
    本レポートでは、上記の3つの要素それぞれに関して、下記のことを考察してください。
     
    ポイント1.NHKが本当にそうした要素規定をきちんと満たしているのか?
    例えば、下記のようなことを考察した方がより良いレポートとなります。

    1. NHKは非営利性を強調しているが、NHKが受信者から強制的に徴収している受信料収入は、民放の上位3社のCM放送収入の合計を上回る巨額な金額である。そうした巨大な収入を持つにも関わらず、非営利性を強調することは不適切ではないのか?あるいは、非営利であることにどのような意味があるのか?
    2. 放送業務をおこなっている非営利の組織はNHKだけなのか?
    3. 公共放送を支える資金源である受信料をNHKが独占しているのは適切なのか?NHK以外の放送業務をおこなっている非営利の組織(あるいは、放送業務を新規に開始したいと考えている非営利の組織)に対して、受信料を配分することがなされていないのは適切なのか?
    4. 国家の統制からの自立(の必要性)は、NHK独自のことではなく、民放各局も同じではないのか?また下記の問題にあるように、民放と比べてNHkが特に国家の統制からの自立をしているとは言えないのではないか?
    5. 国家の統制からの自立を強調しているが、NHKの報道は政府・与党からの干渉を受けていると批判されることも多いのではないか?例えば「2017年3月に森友学園問題を取り上げた際には、自殺した近畿財務局の職員にフレームアップしないよう、報道局長が強く求めた」(竹中明洋(2019))とされるし、最近では下記WEB記事のように、NHKの所管官庁である総務省の事務方トップ(「総務次官」)であった鈴木康雄・日本郵政上級副社長によるNHKへの「圧力」が問題になった。(日本郵政には、鈴木氏以外にも、総務省の元幹部が多数在籍している)

    6. 公共の福祉への寄与は、NHK独自のことではなく、民放各局も同じではないのか?また民放は公共の福祉に寄与していないのか?
     
     
  3. NHK独自の「放送の公共性」を問う第7回目課題に関するレポート作成に際しては、下記WEBページおよびOh-o! Meijiの「授業内容・資料」も参照してください。
  4.  
    Oh-o! Meijiの下記WEBページを見る前に、Oh-o! Meijiへのログインを済ませておいてください。そうでないと下記のリンクはうまく機能しません。
     
カテゴリー: 情報公共論 | コメントする

Product-out型製品Innovation — 市場調査から出発しない製品イノベーション

Product-out型製品イノベーションは、「製品市場がまだ存在してはいないため、需要(demand)に関する市場調査をおこなえない場合」と、「製品市場は既に存在するが、ターゲットとする顧客の特性が既存市場の顧客の特性とは異なるため、既存市場の顧客を対象とした市場調査が有意味ではない場合」の二つのタイプに分けることができる。
 
タイプ1.それまで存在しなかったまったく新しい画期的な新製品であるために、新製品開発の開始時点ではまだ調査対象とすべき製品市場(Market)が存在しないために需要(demand)に関する市場調査がおこなえない場合
 
タイプ2.「製品市場それ自体は存在するが、既存顧客とは異なる特性を持つ顧客をターゲットとした新製品開発であるため、既存顧客を対象とした需要(demand)に関する市場調査が無意味な場合
 

[考察してみよう]P&Gの下記WEBに挙げられている事例の中には、demandに関する市場調査に基づくものではなく、人々が明瞭には意識してはいないnecessity/usefulnessに関する科学的分析や技術的分析に基づく製品イノベーションがある。そうしたことに該当する事例すべてを挙げ、それぞれの事例がどのようなnecessity/usefulnessに関する製品イノベーションであるのかを個別に考察してみよう。

カテゴリー: needs-seeds論, イノベーション事例, イノベーション論 | コメントする

市場調査から出発する新製品開発に対する否定的見解

  1. 山内溥(任天堂の3代目社長[1949年-2002年]の発言 — 「市場調査? そんなことしてどうするんですか?」
  2. 市場調査? そんなことしてどうするんですか?――なるほど、その結果に基づいた商品を開発したときは、ユーザーの気持ちは離れているということですね。たしかに、そういったタイムラグという問題もある。でもね、任天堂が市場を創り出すんですよ。調査する必要などどこにもないでしょう。」高橋健ニ(1986)『任天堂商法の秘密――いかにして“子ども心”を掴んだか』祥伝社
     
  3. 井深大(ソニーの創業者)の発言 — 「モノを出すことによって初めて市場調査ができる」
  4. 「市場調査によって新製品を企画するのが米国の常識になっているが、モノを出すことによって初めて市場調査ができる。それ以来、私は『マーケット・クリエーションを伴うものが新しい製品だ。本当の新製品はマーケット・クリエーションがなければならないのだ』ということを強く考えるようになった」ソニー(2009)「Sony Japan | タイムカプセル vol.21 創業者 井深の初夢、正夢となる」
     
  5. 盛田昭夫(ソニーの創業者)のトランジスタラジオに関する発言 — 「まずモノを作って、それがなぜ必要なのかを喚起していく。これがマーケットクリエーションでしょう」
  6. 「私がトランジスタラジオを作り、アメリカに持って行った時は、放送局がたくさんあるから、ゆったり楽しむために家族ひとりひとりがラジオを持つべきだというコンセプトで売ったわけです。ところがアメリカ人は世界で最初にトランジスタラジオを作ったのに、アメリカではでかくて立派なのが家に1台あればいい、こんなもん売れんと諦めた。まずモノを作って、それがなぜ必要なのかを喚起していく。これがマーケットクリエーションでしょう」(『週刊ダイヤモンド』昭和62年6月6日号)[盛田昭夫(1996)『盛田昭夫語録』ソニ-・マガジンズ,p.264]
     
  7. テープレコーダーに関するソニーのWeb上の記述
  8. 『溝を掘って、水を流せ』の言葉通り、こうした普及活動の成果が実を結び、東通工のテープレコーダーは、瞬く間に全国の学校に広まっていった。このことから盛田たちは、本当の市場、最上の市場というのは市場開拓にほかならない。つまり、マーケットクリエーションがいかに企業にとって大事かということを体得していった。」
    [出典]ソニー『Sony History』第3章「テープレコーダーに惚れた男」の第4話「溝を掘って水を流せ」
     
     
  9. マーケットリサーチに頼って商品企画をすると、最大公約数を狙った平凡な商品になってしまう危険性がある
  10. 「「消費者の心の琴線に触れる商品を作ろう」/この言葉は、井深氏、盛田氏はじめソニーの経営トップ、特に大賀典雄氏が常に口にした言葉だった。/”心の琴線に触れる商品作り”とは何か?/それは、マーケットリサーチでお客さまが何を欲しているかを探ることではない。/商品企画にはマーケットリサーチが重要だという考え方がある。しかし、ソニーでは違っていた。/そもそも、マーケットリサーチでどこまで顧客のニーズをつかめるかは、はなはだ疑問だ。マーケットリサーチに頼って商品企画をすると、最大公約数を狙った平凡な商品になってしまう危険性がある。/あくまで、自分たちが欲しい、満足すると思える商品であるかどうかがものづくりの基準であった。」鵜飼明夫(2003)『ソニー流商品企画』H&I,pp.35-36
     
  11. 顧客を裏切る・・・顧客が「欲しいと思っている」モノは、「顧客が真に望んでいるモノ」とは異なることもある
  12. 「まずは綿密な市場調査から。新商品開発の定石は顧客の声に耳を傾けること。企業は購買履歴やインターネットで必死に情報収集する。しかし、念入りに準備してもヒット商品は生み出せない。顧客の声をなぞるだけでは、驚きや感動は与えられない現実。モノが売れない時代こそ、顧客を「裏切る」決意が必要だ。そこから、消費者が真に望む商品が見えてくる。」戸田顕司;宇賀神宰司;吉野次郎;池田信太朗(2007)「ヒット作りの決意 ホンダ、三菱電機、パイロット… 顧客を裏切る」『日経ビジネス』2007年9月10日号,pp.31
     
  13. ホンダのクロスロードの開発責任者の安木茂宏の発言 — 「開発の出発点となるコンセプト作りの段階で、消費者調査をしないことにした」
  14. 安木茂宏(本田技術研究所四輪開発センター 企画室LPL主任研究員)は、「アコード」「シビック」など、ホンダを代表する自動車の開発に長年にわたり携わってきたが、2007年2月発売のクロスロードという新車種の開発責任者として製品コンセプトを決定する際に、消費者調査をしないことを決めたとして「新車種の開発責任者を務めるに当たって、決めたことが1つある。/それは消費者の声に耳を傾けないこと。開発の出発点となるコンセプト作りの段階で、消費者調査をしないことにしたのである。」と述べている。氏は、「コンセプト作りは、とても重要な作業である。デザインや乗り心地、価格、そのほか細かい仕様を決める原点だ。この段階で、顧客に自動車に対する意識や嗜好、改善してほしい点などを綿密に調査することは一般的である。」としながらも、「消費者の声をあえて排除した」製品コンセプト作りを追求した、語っている。[引用出典]「ヒットのタネは「!」 その3 - ホンダ 東芝」『日経ビジネス』2007年09月10日号,pp.38-39
     

    http://kanzaki.sub.jp/archives/002528.html

     

    https://pearand.com/blog/2015/11/16/apple-research/

 
 
カテゴリー: 未分類 | コメントする

Product-Out型製品におけるDemand認識の後行性

「プロダクト・アウト」型製品の場合には、明確な需要(demand)[注1]が存在しないという状況の中で製品の開発・生産が行われる。すなわち、製品(Product)開発がその製品市場(Market)の存在よりも先行しておこなわれる。
 それゆえ「プロダクト・アウト」型製品の販売に際しては製品開発の終了後にその製品の有用性や有用度をいかに顧客にアピールするかが重要になる。すなわち「プロダクト・アウト」型製品を用いることで顧客のどのような必要性(needs)を満たせるのかや、価格を上回るどのような有用性があるのかなどを明確に示して、その製品を欲求(wants)の対象とする必要がある。

プロダクト・アウト型製品の場合には、

①技術者の技術的シーズに基づく製品の先行的開発
    ↓
②製品の一般的有用度に関する社会的認知の獲得
    ↓
③製品開発前には認識されていなかったneedsに対する認識の形成
[個々の顧客に対する必要性(needs)の存在の認識形成、すなわち、顧客における製品利用法(用途)の開拓と提案・教育]
    ↓
④需要の形成(市場の社会的成立)

といった順で進行する。

 このことをテープレコーダー、メインフレーム・コンピュータ(大型計算機)、パーソナル・コンピュータ、テレビゲームなどの事例に即して詳しく説明していくことにしよう。

  1. ソニーの初期テープレコーダーの場合
    1. 顧客に対する教育を通じた製品販売
         日本ではじめてテープレコーダーを開発・生産したソニーであったが、開発した製品はなかな売れなかった。「その利用法をみんながすでに知っているなら、そうした製品は本当に技術革新的なものとはいえない」のであるから、本当に技術革新的な製品であったテープレコーダーの利用法はほとんどの顧客が知らなかった。
         それゆえ、ソニーから50台のテープレコーダーを仕入れた八雲産業常務の倉橋は、三カ月間、懸命に売りこみを重ねたが、売れたのはたったの1台に過ぎなかった。その後、倉橋と盛田は顧客に対して、テープレコーダーのはっきりとした使い道を示すことで製品販売ができることを「発見」して初めて、製品の普及がはじまった。

          「三カ月間、懸命に売りこみを重ねた結果、倉橋はやっと一台売った。買い手は東京駅に近いおでん屋だった。おでん屋でいっぱい機嫌になった客のなかには、歌を歌いだす者もいる。おでん屋の主人は、そうした歌声を録音し、再生して聞かせた。客は友人や知人を何人もつれてまた店にやってきたし、友人に話して聞かせもするので、おでん屋の主人はこれほどよい客のもてなしはあるまいと考えた。
           その後、倉橋は二台めのセットを名古屋地方裁判所に売った。法廷で使用するためである。責任者は、「主な地方の裁判所はこれをそなえるべきだ。訴訟手続きにかけがえのない働きをしてくれるはずだ」と彼にいった。
           そこで彼は早速、法務省に出かけた。そして、テープ・レコーダーの販売をはじめてから六カ月後に、なんと六十台の注文を得たのであった。これで前途に曙光が見えた。
           法務省から法廷で用いるためにこんなに多くの台数の注文をもらってみると、おでん屋での使われ方が酔狂なものに思われた。倉橋はテープ・レコーダーのはっきりとした使い道をわかっている人でなければ買ってはくれないということをさとった。もしも見込み客にその人にあった利用法を理解してもらえれば、相手はテープ・レコーダーの価値をわかってくれるに違いない。こう考えた彼は、尋問内容を保存するためということで、警察に何台かを売りこんだ。
           一般の消費者を対象とした販売にますますかかわり合うようになっていた盛田は、ある日、たまたまふらりと入った骨茎屋で同じことに気づいた。骨董品、花ぴん、もろそうな磁器、小さな装飾品などさまざまな陶器を見ると、どれもみな、とくによいできだとは思えぬのに、ひどく高い値段がついていた。彼は骨董品にはとりたてて関心もなかったので、別の客が入ってきて、盛田が一文の価値もないと思っていた象牙の小さな彫り物を買い、「すごい掘り出し物だ!」と叫んだのにはびっくりしてしまった。
           あの人はどうして買ったのか? どうしてこんな物に金を出す人がいるのだろう。「日本で最初のテープ・レコーダーを、偉大な技術的な完成品を、貫おうと思えば買えるのに」と盛田は考えた。しかも、その骨董品はテープ・レコーダーより高かったのである。
          「そのときに、販売というものは客が品物に価値を見出さないかぎり成り立たないものだ、と気づいたのです。商品は客の必要の一つを満たさねばならないのです」彼は骨董品を「必要」としなかった。しかし、別の客は明らかに「必要」としていたのだ。では、販売とはなにで成り立っているのか?「売るとは、わたしどもが持っている品物を相手のポケットのなかのお金と交換することだと考えました。しかし、どうやったら客にポケットから金を出させることができるか? スリは金を取り出せる - しかし、わたしどもはスリじゃない」と盛田は語っている。
           東通工の製品の 「科学的な価値」と、それに客が見出す価値は明らかに違う。彼は骨董品の価値を見きわめるための教育は受けていないし、テープ・レコーダ-の価値をほとんどの人は知らない。盛田と倉橋は、利用法について、できるだけ多く学び、そして、大衆に教えていかねばならない、と考えた。教育が必要なのだ。
          「わたしどもは自社の製品の価値を知っていますし、その価値を見込み客に納得させるためには、製品を信頼していなければなりません。わたしどもは、まざれもなく、情報産業にたずさわっているのです」と盛田は語っている。
           この考え方は、その後、根源的な公理として定着した。ソニーは技術革新製品を今後も生産していく。しかし、その利用法をみんながすでに知っているなら、そうした製品は本当に技術革新的なものとはいえない。産業界における独創性は、正しい市場取り引きなくして実を結ばない。販売なくしてはその成果を持続できない。
           東通工は設立当初から、他社のマネをせず、新製品の開拓を社是としていた。いまや東通工は、そうした創造的な技術に常に伴う責任をさらに背負うことを学ばねはならなかった。東通工は、一般大衆に自社の製品より、むしろ自社で開発した新しい考え方を売りこむ必要があった。彼らは大衆に、自らの認識されてもおらず、満たされてもいない要求に日を向けさせる方法を、考え出さねばならなかった。
          [出典]ニック・ライアンズ(中山善之訳,1977)『ソニ-の国際戦略 — ソニ-は市場を“創造”する』講談社,pp.39-41

    2. テープレコーダーの有用性に関する事後的研究
        ソニーは、『テープ式磁気録音 — テープレコーダーとは何か』といったパンフレットを作成するなどテープレコーダーの用途・有用性(needs)を顧客に説明し納得させることから始めた。

          「盛田や倉橋は、これまでの販売方法を省みた。いくら井深や盛田らが技術的興味を持って、新しいものと思って開発しても、お客さまにとって使い方の分からないものは、いくら良いものでも買ってくれないということが分かってきた。そこで、需要を喚起するためにはどうすべきかと、使い方の勉強を始めた。たまたま、アメリカのテープレコーダーに付いてきたパンフレットで『テープレコーダーの999の使い方』という小冊子が手に入った。これは簡単なパンフレットであったため、詳しくは書いてないが、アルファベット順にAなら航空機、Bなら美容院というように、いろいろな使い方が書いてある。盛田と倉橋は、連日これで研究し、テープレコーダーは極めて広い社会層で使えるという確証をつかんでいった」
          [出典]ソニー『Sony History』第3章「テープレコーダーに惚れた男」の第3話「できるまで帰って来るな」
          http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/1-03.html#block8

        1951年3月に発売開始された民生用テープレコーダーの1号機「H型」(重さ13kgで収納ケースは木製でトランク型であった)は、テープレコーダーの使い方の普及・啓蒙活動も一因となり、学校で普及した。
        当時の日本ではアメリカ進駐軍の政策の一環として、「オーディオ・ビジュアル・エデュケーション」すなわち視聴覚教育が推進されていた。そうした教育方法に関するイノベーションの推進手段としてテープレコーダーが使われたのである。
         「テープレコーダーがあれば、それを活用してこのような効果的授業ができる」という事例が積み重ねられていくことで、テープレコーダーは学校の必需品となっていったのである。
         こうしたことは、テープレコーダーという製品(Product)の開発後に、その製品の必要性(needs)=有用性が事後的に発見されたことで製品普及が進んだことを示している。

           その頃、日本では進駐軍の政策の一環として、オーディオ・ビジュアル・エデュケーションということが盛んに言われるようになっていた。オーディオはNHKラジオの教育放送で、ビジュアルのほうは映写機を全国の教育施設に貸し出して、戦前の観念教育から視聴覚教育に切り替えていこうという試みだった。
           その波に東通工も乗ることにした。ラジオの放送は不特定多数の人を対象に、一定の時間流される。これを、音の缶詰にして学校のカリキュラムに合わせれば、本当の学校教育になる。ちょうどタイミングよく、全国で放送教育研究大会が開かれていた。これは文部省とNHKが中心になって、全国の先生方により良い学校放送の指導をしていこうという趣旨で開かれたもので、東通工では、この大会にH型テープレコーダーを貸し出すことにした。東通工は金のない会社だが、井深も盛田もこういうことには理解がある。喜んで何十台も貸し出した。
           一方では、学校放送だけではなしに、もっといろいろな教科にテープレコーダーは使えるのではないか……。倉橋たちは、どうしたら最も有効な使い方ができるかを、文部省や学校の先生方と一緒になって勉強し始めた。そしてしばらく経った頃、倉橋は盛田に呼ばれた。「あなたのやっていることは、大変良いことだ。しかし、ただ勉強しているだけでは惜しい。ひとつ全国を歩いて、今まで勉強してきたことを話してみないか」
           倉橋は、東通工でつくった録音教育研究会の常務理事として、全国の教育の現場で”視聴覚教育のあり方”というテーマで講演をして回ることになった。この会は、財団法人でも何でもない、ただの会だ。実際どの講習会でも、倉橋は東通工のテープレコーダーをお買いくださいとは、ひと言も言わない。単に、視聴覚教育の重要性を説き、その教育上での録音機の使用法を説明し、講演して歩いたに過ぎない。
           この方法が良かったのか、講演の依頼がひっきりなしに続いた。現場から教えられることも結構多い。たとえば、ソロバンの読み上げ算では、均一な授業ができる上、テープレコーダーが読み上げている間、先生は生徒の間を回って指の使い方を指導できる。教室が騒がしく、何度注意しても収まらない時、テープレコーダーにその騷ぎを吹き込んで聴かせたら、一度で静かになったという報告もあった。この後も録音機があれば、これだけ活用できるという事例がたくさん出て、学校の必需品となっていった。H型に続いて、これはもう少し後の時代になるが、7万5,000円のP型が出る頃になると、学校への東通工テープレコーダーの普及は一層の拡大を見せた。
          [出典]ソニー『Sony History』第3章「テープレコーダーに惚れた男」の第4話「溝を掘って水を流せ」
          http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/1-03.html#block10

    3. 新製品に対する需要を待つ前に、新製品の有用性を伝えることが絶対に必要である
           新製品を開発するたびに、まず市場を教育せねばならない。彼らは小学校の教員との会合を主催した。盛田は出席者にテープ・レコーダーの仕組みと最も都合のよいときにNHKの番組を活用するた小学校におけるテープ・レコーダーの利用めの録音の仕方について話した。声の録音の仕方と発音の学習に用いる方法、社会科の教育にいかに役立てうるかということなどを盛田は説明した。
           ものおじしない盛田は、こうした販売説明会で持ち前の才能を存分に発揮した。回を重ねるにつれ、彼のよく響く声は、説得力と熱意を帯びていった。彼は教室でのテープ・レコーダーの使い方を何十も見つけた。物理学者であると同時に、テープそのものの製作に実際に手を貸した彼は、あらゆる部品の機能をすみずみまで把握していた。しかも彼は、生まれつき人をひきつける力をもっており、出席した先生たちの想像力をかきたてた。教室や講堂で実地にやって見せることによって、盛田は新製品に対する需要を待つ前に、新製品の有用性を伝えることが絶対に必要であるということを会得した。
           テープ・レコーダーは売れはじめた。
          「教育は伝達ですよ」と彼はいった。「わたしどもは、わたしどもが持っている知識と情報をできるかぎ。多くの人に伝えなくてはなりません」
          [出典]ニック・ライアンズ(中山善之訳,1977)『ソニ-の国際戦略 — ソニ-は市場を“創造”する』講談社,pp.44-45

    4. 市場創造(Market Creation)の重要性
        テープレコーダーの場合には、製品の開発後に、その製品がどのような場面でどのような有用性を持つのか、どのような事業や作業でどのように活用できるのか、といった製品の用途に関する普及活動が、製品市場を結果的に作り出すことになった。

           『溝を掘って、水を流せ』の言葉通り、こうした普及活動の成果が実を結び、東通工のテープレコーダーは、瞬く間に全国の学校に広まっていった。このことから盛田たちは、本当の市場、最上の市場というのは市場開拓にほかならない。つまり、マーケットクリエーションがいかに企業にとって大事かということを体得していった。
          [出典]ソニー『Sony History』第3章「テープレコーダーに惚れた男」の第4話「溝を掘って水を流せ」
          http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/1-03.html#block10

          [関連参考資料]トランジスタラジオにおける市場創造

            「私がトランジスタラジオを作り、アメリカに持って行った時は、放送局がたくさんあるから、ゆったり楽しむために家族ひとりひとりがラジオを持つべきだというコンセプトで売ったわけです。ところがアメリカ人は世界で最初にトランジスタラジオを作ったのに、アメリカではでかくて立派なのが家に1台あればいい、こんなもん売れんと諦めた。まずモノを作って、それがなぜ必要なのかを喚起していく。これがマーケットクリエーションでしょう」(『週刊ダイヤモンド』昭和62年6月6日号)[盛田昭夫(1996)『盛田昭夫語録』ソニ-・マガジンズ,p.264]

    5. ソニーによるテープレコーダー市場創造(Market Creation)の結果
        ソニーは民生用の普及型テープレコーダーを1951年3月に販売開始している。最初はなかなか売れなかったが、顧客に応じたneeds提案により市場開拓に成功した。needs提案により市場開拓という面ではアメリカ企業よりもソニーの方が進んでいた、とソニーは主張している

          「井深の渡米の目的であるテープレコーダーの市場調査のほうであるが、これに関しては、アメリカでも民生用としては日本ほどの普及を見せていないというのが結論であった。つまり、日本では裁判所から放送局といった業務目的から、学校の学習用に使われ、なおかつ一般家庭にも普及しようかという時期に来ているのに対して、アメリカではいまだ講演の速記とか報道機関のメモ用として使われている程度に過ぎなかったのである。
           実際、日本ほど教育におけるテープレコーダー活用の浸透率が高い国は、世界中見回してもどこにもない。これは、学校に販路を開拓していった東通工の大きな功績であった。学校の授業での活用から始まって、各種のけいこ事に使われ、今日のようにテープレコーダーが普及していったことを考えれば、その市民生活に及ぼした影響の大きさは、計り知れないものがある。」
          [出典]ソニー『Sony History』第4章「テープレコーダーに惚れた男」の第3話「町工場なんかでできるものか」
          http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/1-04.html#block6
     
     
  2. 初代ウォークマン「TPS-L2」の場合
    1. 新聞記者向けの新製品発表会に対する新聞社の対応 — ウォークマンの有用性に対する社会的認知度の低さ
      ウォークマン1号機「TPS-L2」の新製品発表会に対する新聞における取り扱いは冷ややかであり、ほとんど無視という状態であった。

         1979年6月22日。ソニーから「新製品の発表がある」という通知を受けた雑誌記者たちは、東京・銀座のソニービルに集まった。ビルの前にはバスが用意され、バスの中で、彼らの手にヘッドホンの付いた小さなカセットテープレコーダーのような「新製品」そのものが渡された。代々木公園に到着すると、ソニー側からの挨拶の後、「お渡しした機械の再生ボタンを押してください」というアナウンスがあった。ヘッドホンからは、音楽とともに新製品「ウォークマン」の商品説明がステレオで流れた。

        ソニーの初代ウォークマン「TPS-L2」の新製品発表会におけるデモンストレーション
         ヘッドホンの音に集中するマスコミの人たちの前では、「ウォークマン」とプリントされたお揃いのTシャツを着た宣伝部のスタッフやアルバイトの男女学生が、ウォークマンを思い思いに楽しむデモンストレーションを続ける。
         ヘッドホンから声が流れる。「ご覧ください。若い2人はタンデム(2人乗り自転車)に乗ってウォークマンを楽しんでいます」。記者の目の前を、ウォークマンを付けた男女の若者がタンデムに乗って楽しそうに走り抜けて行く。

        プレス発表の日、記者たちの前でデモンストレーション
         記者たちは、新製品の概要を知ると同時に、実際にヘッドホンから流れる音を聴き、目でも確かめていた。“ウォークマン”「TPS-L2」。ヘッドホン再生専用、手のひらサイズのステレオカセットプレーヤーで価格は3万3000円。いつでも、どこでも、自分の好きな音楽を、ステレオで好きなだけ楽しめるという。

         ヘッドホンを外してみれば、何のアナウンスも聞こえない静かな発表会だった。記者たちは、この変わった新製品発表会の「意外性」に、驚きの表情を見せていた。

         しかし、マスコミ紙面の反応は冷ややかだった。新聞はほとんど無視、載せても本当に申し訳程度の記事である。7月1日に予定どおり発売したものの、7月が終わってみると、売れたのはたったの3000台程度だった。「やはり、駄目なのか……」
        [出典]
        ソニー株式会社『Sony History』第6章「理屈をこねる前にやってみよう」
        http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-06.html#block5


    2. 顧客に実際に体験してもらうことによるウォークマンの有用性に対する社会的認知の形成
      — 「この商品は、まず聴いてもらって良さを分かってもらわないと、話が始まらない」 —

    3. ロジャースのイノベーション普及理論における「イノベーター」or「オピニオンリーダー」としての丸井の購買担当者
         こうなるのを早くから、もしかすると盛田以上に見抜いていたかもしれない人たちがいた。それは、デパートの「丸井」の若い購買担当者たちだ。彼らは、ウォークマンが、秋葉原辺りの量販店、特約店、ひいてはソニーの営業サイドにさえ、半ばそっぽを向かれていた頃、「これは絶対に売れるよ」と言い切り、1万台の注文を出していた。丸井では若い担当者たちに責任と権限が与えられていた。彼らは、若い感性で「絶対いける」と確信を持っていたのである。
        [出典]
        ソニー株式会社『Sony History』第6章「理屈をこねる前にやってみよう」
        http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-06.html#block5
     
     
  3. メインフレーム・コンピュータ(大型計算機)の場合
    1. メインフレーム・コンピュータの革新的有用性に関する社会的認知
        メインフレーム・コンピュータの製品開発に必要とされる技術開発は遅くとも1940年代後半期には基本的には終了していた。製品生産にあたっての主要な問題は、製品生産に必要な資金調達や製品に対する需要の不明確さであった。製品開発作業が基本的には終了したとしても、製品生産に必要な資金がなければ生産開始できないし、当該製品に対する需要がなければ生産を開始しても意味がない。
         メインフレーム・コンピュータのようなプロダクト・アウト型製品で、なおかつ巨額の製造コストがかかるために販売価格も高額な製品の場合には、その製品をとりあえずまず顧客の欲求(wants)の対象とさせることが販売に至るまでの第1歩である。
         この点に関してメインフレーム・コンピュータは、アメリカ大統領選挙における当選者予測に関する下記のようなエピソードで広く社会的認知を得ることに成功し、その後の製品販売につながったとされている。

        1952年のアメリカ大統領選挙の一部投票データに基づく勝利者予測の劇的成功による社会的認知の獲得

          資料1>ワトソン・ジュニア『IBMの息子』新潮社,下巻,pp.10-11

            ユニヴァックがIBMを何年分もリードしていることを、われわれは承知していた。なお始末の悪いことに、レミントン・ランド社は着々と妙手を打っているようだった。アイゼンハワーがアドレイ・スティーヴンソンを破ろうとしていた一九五二年の大統領選挙の投票日、なんとCBSテレビにユニヴァックが登場したのである。CBSは選挙結果の予想にユニヴァックを使用することに同意したのだ。かくしてユニヴァックは、エドワード・R・マロウ、エリック・スプアリード、ウォルター・クロンカイトといったキャスターらによって、数百万の視聴者に紹介されたのだった。クロンカイトはそれを、〝あの驚くべき電子頭脳”と呼んだ。しかも、その〝電子頭脳”は完璧に機能した - あまりにも見事に働いたので、立ち合っているエンジニアですら、それが打ち出した予想を前にして頬をつねったくらいだった。
             選挙前の各種の世論調査では接戦が予想されていたのに対し、ユニヴァックは、ほんの一部のデータのみに基づいてアイゼンハワーの大勝を予言したのである。レミントン・ランドの連中はかえって不安になり、ユニヴァックの記憶装置の一部を外して、世論調査に近い結果がでるように細工した。ところが、結果は最初ユニヴァックが予想した通りだった。その晩、テレビにはユニヴァックのエンジニアが登場し、彼が施した細工を面目なさげに告白したのだった。いずれにせよ、レミントン・ランドのコンピューターがこの選挙を機に満天下に知れわたったことはまちがいない。その結果、我が社の最初のコンピューターが登場したとき、世間ではそれを〝IBMのユニヴァック”と呼んだのだった。
            トーマス・J. ワトソン・ジュニア(高見浩訳1991)『IBMの息子 ; トーマス・J. ワトソン・ジュニア自伝』新潮社,下巻,pp.10-11

           

          資料2>M.ケリー、W.アスプレイ(1999)『コンピュータ200年史』海文堂出版,pp.121-123

            1952年の終わりに,レミントン・ランドは,UNIVACの一大宣伝デモンストレーションを敢行した。UNIVACを使って大統領選の結果予測をすることを,CBSテレビ・ネットに説得したのである。選挙の数カ月前にジョン・モークリーは,ペンシルペニア大学の統計学者の助けを借りて,1944年と1948年の選挙投票パターンをベースに,いくつかの主要州の初期の開票データから最終結果を予測するプログラムを作り上げた。
             投票日の夜,現場レポーター,チャールズ・コリングウッドと共に,何台ものCBSのカメラがフィラデルフィアのUNIVACビルに設置された。CBS本社では,ウォルター・クロンカイトがアンカーマンをつとめ,スタジオには本物らしく見せるためダミーのUNⅣACコンソールまで設置された。コンソールでは無数のランプがチカチカまたたき,まさに効果満点だった。もっとも実をいうと,これはクリスマス・ツリーの飾りランプと同じような仕掛けにすぎなかった。
             UNIVACは,最初の予想を午後8時30分に[以下のように]打ち出した。

            まだいかにも早すぎるが,そこを敢えて
            -3,398,745票をもとに-
            UNIVACが予想すると

            ステイーブンソン アイゼンハワー
            5 43
            選挙人 93 438
            一般 18,986,436 32,915,049

                    となり,現在のところ00対1でアイゼンハワーが有利。

             UNIVACはアイゼンハワーの地滑り的な勝利を予言していた —- 前日のギャラップとローバーの世論調査が競り合いを予想したのとは完全に対照的だった。UNIVACチームの1人は,このときの模様を次のように回想している。
             我々の選挙担当者たちは信じられないといった面持ちをした。コンピューターはアイゼンハワーの地滑り的大勝利を予言したのである。アイゼンハワーの勝率は,コンピューターにプログラムしておいた2桁の数を上回っていた。だからプリントアウトには100:1ではなく,00:1と出たのだ。彼らは額を寄せ合って相談し,それから「こんな数字を発表するわけにはいかない。リスクが大きすぎる」と言った。こんなに少ない票数をもとに,確率が100:1以上だと予想する精度をこの機械が持つことなどは,彼らの理解を超えていた。
             UNIVACのオペレーターは大急ぎでプログラムのパラメーターを修正し,もつと信じられそうな数字を出すようにした。午後9時15分に最初に放送されたUNIVACの予想は,アイゼンハワーが8対7で勝つだろうという穏当なものになった。だが夜が更けるにつれ,まさに地滑り現象が起きているのは明白になった。UNIVACのスポークスマンは後でテレビに出演し,UNIVACが出したオリジナルな予想を隠したことを告白した。選挙人獲得数の最終結果は,アイゼンハワー442対,スティーブンソン89となった。UMVACの最初の予想,438対93に比べて紙一重の違いしかなかった。
             UNIVACのプログラマーやレミントン・ランドのマネージャーたちが最初の予想を抑えたことを大いに悔やんだのはもちろんである。だがコンピューターの無謬性をこれ以上はっきり示すPRはなかった。あるいはむしろUNIVACの,といったほうがいいかもしれない。なぜならUNIVACという名前が急速にコンピューターを指す代名詞になっていったからだ。選挙の夜のUNIVACの出現は,コンピューター史に残る重要な瞬間であった。その日以前は,コンピューターのことを知る人はごく少数だったし,実際に見たことのある人はもっと少なかった。その日以降は,誰もがコンピューターというものを知っていて,少なくともその実物大模型を目にしたことがあった。かくしてコンピューターのことを人々はUNIVACと呼ぶようになった。IBMとは誰も呼ばなかった。」M.ケリー、W.アスプレイ(1999)『コンピュータ200年史』海文堂出版,pp.121-123

    2. メインフレーム・コンピュータの用途を教えることができる人材の新規採用、および、セールスマンと顧客に対する教育
         当然のことながら、上記のように社会的認知に成功しただけで、実際に製品が順調に売れるようになり、当該製品に対応する市場(market)が社会的に成立するようになるわけではない。
         それまで存在しなかったになかった極めてラジカルな製品イノベーションを成し遂げたプロダクト・アウト型製品の場合には、その製品の使用法や利用法をいかに顧客にアピールするかが次の重要なステップである。顧客に「おもしろい」と思わせるだけでなく、「買いたい」と決断させることが次に必要なステップである。
         極めてラジカルな製品イノベーションであるために製品の使用法も用途も一般に知られていない製品の場合には、顧客に対して製品(product)によるneeds充足の仕方を教育して、製品(product)をwantsの対象とさせる必要がある。そのため、販売員だけでなく、顧客への教育も重要な販売促進手段となる。

          「IBMにおいては、・・・はコンピューターの新機種が発表されると同時に、持てる販売力のすべてを動員した。もちろん、最初のうち、セールスマンはコンピューターについて何も知らなかったので、豊富な知識を持っている経営幹部やエンジニアがいつでも彼らの手助けができるような態勢を整えた。また、新機種が引きわたされる数か月前に、数学科や物理学科の大学卒業生を何十人も雇って、顧客たちがコンピューターの用途を決めるさいのアドヴァイザ一にさせた。それだけではない。この新しい分野の知識を広めるために、われわれは顧客とセールスマン双方を対象に、ポーキプシーでセミナーをひらいたのだった。
           IBMの歴史をひもといてみると、われわれを成功に導いたのは、必ずしもテクノロジーの優位性だけではなかったと言える。残念ながら、技術革新の面で他社に先を越されたことは何度もあったのである。だが、結果的に見ると、肝心なのはテクノロジーよりもむしろセールスや流通の方法論だった。ユニヴアックにはじまって、こちらより優秀なテクノロジーを有するライヴァル会社を、販売面においてわれわれが一貫して圧倒してきたのは、いくつかの重要なノウハウをこちらが心得ていたからなのだ。たとえば、新機種の用途を顧客にいかに要領よく説明するか。その新機種をいかに手際よく据えつけるか。そして、一度つかまえた顧客をいかに末永くこちら側に引き留めるか。
           われわれのセールス・アプローチの核心は、かつて父が穿孔カードで成功し得たのと同じ要素、すなわち、システムに関する情報、であった。IBMが何かを独占していたとすれば、まさしくそこにおいてなのである。われわれに匹敵するほどの関心をその点に払ったライヴァル企業は、一つとしてない。レミントン・ランドですら例外ではなかった。ランド社の場合は、我が社と同じく穿孔カード機を扱った経験も長かったのだから、当然、そのへんの機微は心得ていて当然だったと思われるのだが。」
          トーマス・J. ワトソン・ジュニア(高見浩訳1991)『IBMの息子 ; トーマス・J. ワトソン・ジュニア自伝』新潮社,下巻,pp.29-30
     
     
  4. パーソナル・コンピュータの場合
    1. エバンジェリスト(evangelist)の活用
      レミントンランド社やIBMが1950年代初頭にメインフレーム・コンピュータの販売促進のために取った上記のような手法は、パソコン業界においてもよく用いられている。
       たとえば、Apple社がパソコン販売に際して、またマイクロソフト社がソフト販売に際して、エバンジェリスト(evangelist )により自社製品の優秀性を顧客に強力にアピールするとか、教育コストを製造メーカーに代わって負担してくれる教育機関にディスカウント価格で強力に売り込むといった販売手法はよく用いられてきたし、現在でも用いられている。

      関連参考資料>

      1. 古川亨(2005)「ジョブズの右腕として、世界初のエバンジェリストと呼ばれた男」
        http://furukawablog.spaces.live.com/blog/cns!156823E649BD3714!2351.entry?_c=BlogPart

          マイク・ミューレィ(Mike Murray)は、マッキントッシュの魅力を製品発表前に一人でも多くの人に理解してもらおうと、時にはスティーブ・ジョブズと一緒になって、アメリカのセレブたち — マドンナ、ローリング・ストーンズのミック・ジャガー、その他ジャーナリスト、政治家、テレビの司会者、各種業界の重鎮たち — に対して、試作品のMacを抱えながら「啓蒙」の旅に出た、と言われている[注2]。そうしたマイク・ミューレィの活動を宗教の福音伝道活動になぞらえて、エバンジェリズムと定義し、その伝道師をエバンジェリストと呼ぶようになった、と言われている。

      2. 織田 浩一(2005)「AD:TECH 2005 NY 基調講演「Selling the Digital Dream」—デジタルマーケットのエバンジェリストとなるための10カ条;Garage Technorogy Venture マネージングディレクター Guy Kawasaki氏」2005/11/09
        http://weblogs.nikkeibp.co.jp/adtech2005_ny/2005/11/selling_the_dig_32ae.html

          エバンジェリストの仕事は「ブランド認知をつくることや、マーケットシェアを伸ばすことではない。消費者にとって「意味のあるもの」をつくることである。」というのがGuy Kawasaki氏の主張

      3. マイクロソフト株式会社(2006)「「難解技術を分かりやすく伝道する」マイクロソフトのエバンジェリスト」
        http://www.atmarkit.co.jp/ad/ms/evangelist0607/evangelist01.html
        http://www.atmarkit.co.jp/ad/ms/evangelist0607/evangelist02.html

      4. 日本IBM(2008)「IBM ソフトウェア・エバンジェリスト」
        http://www.ibm.com/developerworks/jp/evangelist/

          「先進技術でもってお客様のビジネスにおけるイノベーションをリードする技術エキスパートとしてのエバンジェリスト

      5. 垣内郁栄(2004)「男女9人IBMエバンジェリスト物語」『アットマーク・アイティ NewsInsight』2004/5/12
        http://www.atmarkit.co.jp/news/200405/12/ibm.html

          「IBMのテクノロジのセールスマンではなく、テクロノロジの預言者、ベストの解を見つけるのが役割」としてのエバンジェリスト

    2. ユーザー教育の場の設定

      1. ユーザー教育の場としてのNECのBit-INN東京(1976年に秋葉原に開設)
         NECは完成品のパソコン販売に先立って、TK-80というキット型ハードウェア製品をトレーニング・キット(Traingin Kitなので、商品名がTKとなっている)として販売しマイコンブームを引き起こした。
         NECが秋葉原に開設したBit-In(ビットイン)には、TK-80がもともとのターゲットとしていたエンジニアだけでなく、学生をはじめとして様々な人たちが続々とつめかけた。パソコン市場の立ち上げに、NECのBit-Inは大きな影響を与えたのである。

        関連参考資料>

        1. NEC「1979年 パーソナルコンピュータ PC-8000シリーズを発売 ~「パソコン」の誕生~」
          http://www.nec.co.jp/profile/empower/history/1979.html

        2. 大河原克行(2000)「大河原克行の「秋葉原百景」— パソコン発祥の地がアキバから消えた」
          http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/20011112/akibah02.htm

        3. 毎日コミュニケーションズ(2001)「NEC 旧・Bit-INN東京に「PC発祥の地」プレート設置」『マイコミジャーナル』(毎日コミュニケーションズ)2001/09/28
          http://journal.mycom.co.jp/news/2001/09/28/13.html

     
     
  5. テレビ・ゲームの場合
    1. 株式会社エポック社で「テレビ野球ゲーム」(1978年)から「スーパーカセットビジョン」(1984年/15,000円)までの開発に携われた堀江正幸氏の証言
        エポック社は、1975年に国産初の家庭用ビデオゲーム「テレビテニス」(定価19,500円)を出した会社である。エポック社が出した1980年代前半までのテレビゲーム機は下表の通りである。
       
      商品名 価格 備考1 備考2
      テレビテニス(TVTENNIS) 1975 19,500 1975年に発売された国産初の家庭用ビデオゲーム 白黒ポンテニスゲームの専用機であった。
      システム10 1978 NECとの共同開発製品、ハードウェアはまだLSIが使われておらずワイヤーロジックで作られていた。ピンポン、テニス、光線銃ゲームなど10種類のゲームを内蔵。任天堂のファミコン発売前の製品として、ゲーム機の画面出力に家庭用テレビを使う先駆け的製品であり、同市場におけるパイオニアとしてユーザー教育など「先駆者のコスト」負担が大変であった
      テレビ野球ゲーム 1978 野球盤という玩具で有名なエポック社が出したテレビ野球ゲーム
      デジコム9(LSIゲーム) 1979年頃
      カセットTVゲーム 1979 57,300 アタリのVCS(1977年;Video Computer System 、それ以前のゲーム機はプログラム固定方式であったが、ロムカートリッジを取り替えることによって様々なゲームソフトが遊べるプログラム内蔵方式のゲーム機)をエポック社が輸入して販売したもの。高価であったが、その当時に家庭で本格的インベーダーがプレイできたのはこのマシンだけであった。
      テレビベーダー 1980 16,500 インベーダーゲームを家庭用にコンパクトにまとめたもの。大ヒットした
      カセットビジョン 1981 13,500 ポンテニス、エレベーターパニックなど初期の複数のテレビゲームをこれ一台で楽しむことができる
      スーパーカセットビジョン 1984 15,000 128枚の強力なスプライト機能搭載。ルパン三世やスタースピーダーなどユニークなゲームが多数あった。
       
        エポック社は、1978年にシステム10という製品を発売したが、テレビゲーム機というジャンルの製品そのものに業界も、顧客もほとんどなじみがなかった。そのため最初は顧客への啓蒙活動やサポートが大変であった。
        堀江氏はそのことに関して、「業界も、うちの会社も、お客さんもそうだったんですけど、家庭用テレビゲームをテレビにくっつけるって文化がなかったわけですよ。今はビデオ端子があって、少し前はスイッチボックスってのがあって、あれにつなげればいいってのはみんなわかってますよね。あとチューニングも2chにすれば映るとか。でも、そういう最初の頃は、画面がうつらないという苦情が毎日のようにかかってきたんです。
        だから、うちの果たした役割というのは、任天堂さんのファミコンが出る前だったから、露払いなんですね。すごい啓蒙活動をしたんですよ。その頃私は大阪の営業所にいたんですけど、もう、ダメだったらほとんどお客さんの家までとんで行きましたよ。電話での説明は難しいので。営業所(大阪)から和歌山くらいまで。関西の方は親切な人が多くて、電話の時は「わ、恐いなー」と思っていても、いろいろごちそうしてくださったり。ビールや夕飯までごちそうになってしまって(笑)。
        昔のテレビって画面の範囲がせまいんですね、画面の角が丸くて、だからゲーム画面が全部入ってないとか、そんなことが多かったんです。水平振幅や垂直振幅の調整までやってあげちゃうわけですよ。後ろに回って掃除機かかえてほこり取ってあげたり、曲がってたりしたら直して。」と証言している。

        [出典]寺町電人(1998)「先駆者に聞く創世の時代 Game Frontiers interview01 エポック社 堀江正幸氏に対するインタビュー」『クラシックビデオゲームステーション オデッセィ』
        http://www.ne.jp/asahi/cvs/odyssey/creators/horie/index.html

[注1] 需要(demand)が明確かどうかという問題は、新製品に対する需要(demand)予測が根拠を持ってどの程度まで正確に予測できるのかという問題である。潜在的な需要(potential demand)であれ、すでに存在する顕在的な需要であれ、当該種類の製品に対する需要の存在が社会的に明確に認識されている場合には、ある程度の正確な需要予測が可能な中で新製品開発が行われることになる。
 こうした場合の新製品開発は、テクノロジー・プッシュ(Technology Push)/プロダクト・アウト(Product Out)型ではなく、デマンド・プル(Demand Pull)/マーケット・イン(Market In)型として位置づけられることになる。
 企業が同一の顧客層を対象としてイノベーションをおこなう場合、すなわち、クリステンセン的な意味での持続的イノベーションの場合には、需要予測は比較的正確におこなえる。クリステンセン『イノベーションのジレンマ』第7章「持続的技術と破壊的技術の市場予測」pp.198-201の図7.1などを参照のこと。
[注2] これと同様のことは、ソニーの初代ウォークマンの場合にも行われた。本Webページ内の該当箇所を参照のこと。

[作成者]佐野正博 First draft:May 9, 2009

カテゴリー: needs-seeds論, イノベーション論 | コメントする