賭けをして「絶対に儲かる」ような方法は数学的にはない、と言われている。
しかしながら、賭けの選択肢それぞれが当たる「正しい」確率を知っていれば、「絶対に損をしない」と期待できる賭け方の方法がある。
そのことを競馬の場合を例に取って説明しよう。説明の簡単化のため、レースで一着になる馬を予想する単勝式で、なおかつ、出走馬の数が4頭である、と仮定する。
また、それぞれの馬に対する「正しい」勝利確率に基づいて、オッズ(倍率)が設定されている、とする。
[注 オッズ(倍率)は、「予想した馬が勝利した場合に賭け金の何倍が払い戻されるのか」という倍率のことである。]
下記に示したように、それぞれの馬に対する「正しい」勝利確率に基づいて、オッズ(倍率)が設定されていると、それぞれの馬に関してどのような賭け金を賭けても「賭け金に対する期待値」は「賭け金」と等しくなる。
1を勝利確率で割った値をオッズとすれば、下記の表に示されているように、「賭け金」と「払戻金の期待値」が等しくなる。
50%の勝利確率のAが勝利する確率は1/2であるから、オッズは1÷1/2=2とするのが「確率論」的には「合理的」である。
というのも、このようにして導出したオッズの値よりも実際のオッズの値が低ければ、「賭け金」よりも「払戻金の期待値」が低くなるため、賭けという行為に対する損益の期待値がマイナスになってしまう。これは胴元側には好都合だが、賭ける側には不都合である。
逆にこのようにして導出したオッズの値よりも実際のオッズの値が高ければ、「賭け金」よりも「払戻金の期待値」が高くなるため、賭けという行為に対する損益の期待値がプラスになってしまう。これは賭ける側には好都合だが、胴元側には不都合である。
したがって賭ける側と胴元側のどちらにも不都合にならないよういするには、1を勝利確率で割った値をオッズとすることが最も合理的である。
[考えてみよう]
上記のオッズ設定の「合理」性に関する説明は、「哲学」的には問題ないが、「経営学」的には問題がある。課題a.「事業のsustainabilityを確保するためにはどのようなことが必要であるのか?」を説明した上で、オッズ設定に関して考慮すべき「経営」的問題を論じなさい。
課題b. 上記のような現実的プロセスを考えた場合には、哲学者や数学者のような「現実のできごととは無縁な抽象的議論」における抽象的合理性とは異なり、現実的行為における合理性が問題となる。これは数学者が対象とする三角形や円が現実世界には存在しないまったくの「抽象」であることと同じである。
そのことをわかりやすく説明しなさい。(ヒント:プラトンのイデア論の議論を参照すること。あるいは、現実の点とは異なり、数学的認識の対象としての点は××××である。また現実の線とは異なり、数学的認識の対象としての線は○○である。××××および○○○○に何が入るのかを考えた上で、そうした数学で理論的に規定されている点や線は、現実的には、あるいは、物理学的にはどうなるのかを考えなさい。課題c. 実際の事業としての競馬場経営を例に取り、そのオッズ設定がどうなっているのかなども含めて、事業の収益構造を調べてわかりやすく説明しなさい。あるいは、そうした経営学議論の上で<競馬レースにおける「儲かりはしない」が、「絶対に損をしない」賭け方>を顧客にさせることが可能かどうかを論じなさい。
上記の課題で示したような現実的妥当性の問題はさておき、とりあえずは数学的な視点から議論を続けることにしよう。
最初の議論から「数学」的に考えると、4頭の馬に対して下記のような賭け金の賭け方をすると、どの馬が勝利した場合でも、投資した総金額と同額の払戻金を受け取ることができ、「数学」的には絶対に損をしないことになる。
馬
|
勝利
確率 P
|
オッズ
O
|
賭け金
B
|
払戻金額
R
|
払戻金の
期待値
E
|
「賭け金」と
「払戻金期待値」
の差額
|
A
|
50% |
2倍
|
5,000円
|
10,000円
|
5,000円
|
0円
|
B
|
25% |
4倍
|
2,500円
|
10,000円
|
2,500円
|
0円
|
C
|
20% |
5倍
|
2,000円
|
10,000円
|
2,000円
|
0円
|
D
|
5% |
20倍
|
500円
|
10,000円
|
500円
|
0円
|
計
|
100% |
――
|
10,000円
|
10,000円
|
10,000円
|
0円
|
上記で想定するように、「正しい」勝利確率がわかっている場合には、レースの結果がどのようになったとしても、「数学的には」絶対に損をしない賭け方が存在する。
また仮にレース主催者が「正しい」勝利確率を知らずに「誤った」勝利確率に基づいてオッズを設定し、なおかつ、「正しい」勝利確率を知って賭けをできた場合には、レース結果がどのようになったとしても、絶対に儲けることができる。
なお競馬レースの場合には、ある例外的なケースを除き、勝利確率の総和が100%になるので、出走したすべての馬に賭け金をかければ、賭けた人は自分が購入した馬券のどれかが必ず勝利馬券となる。すなわち「100%」必ず当たるような馬券の買い方が存在する。
それゆえ、「正しい」勝利確率を知ってさえいれば、レース結果がどのようになったとしても「絶対に損をすることのない」賭け方が存在する。
[考えてみよう]
課題1.例外的なケースとしてどのようなことが想定しうるのかを考察してみよう。
しかし次の事例の場合のように、「正しい」勝利確率に基づいてオッズが設定されており、なおかつ、賭け金と払戻金額の期待値が個別的には同じであったとしても、前述の事例とは異なり、「絶対に損をすることのない」賭け方が存在せず、なおかつ、何回も賭けを続けた場合には「統計」的には損になると考えられる。
下記の事例では、「個別に見ると賭け金と払戻金額の期待値との差がゼロであり、数学的には損をしないことが期待される」にも関わらず、競馬レースの場合のような賭け金の賭け方をすると損をすることになる。
ここでは、1から6までの整数が書かれた正6面体という通常のサイコロに代えて、1から20までの整数が書かれた正20面体のサイコロを振る。
そして、2の倍数(偶数)の目に賭けた場合のオッズが2倍、5の倍数の目に賭けた場合のオッズが5倍というようにオッズが設定されている、としよう。
下記の表の左端の数字は、オッズが設定されているサイコロの出目の数の情報に関する規定である。
数
|
出現確率
P
|
オッズ
O
|
賭け金
B
|
払戻金額
R
|
払戻金の
期待値
E
|
「賭け金」と
「払戻金の期待値」
の差額
|
2の倍数
|
50%
|
2倍
|
5,000円
|
10,000円
|
5,000円
|
0円
|
5の倍数
|
20%
|
5倍
|
2,000円
|
10,000円
|
2,000円
|
0円
|
合計
|
70%
|
――
|
7,000円
|
――
|
|
上記のようなオッズ設定の場合には、2の倍数または5の倍数が出た時には損をしないが、
それ以外の出目の場合には損をすることになる。
「統計」的には70%の確率で損をしないが、30%の確率で損をすることになる。それゆえこうした場合には、「統計」的には損をすることになる。
[考えてみよう]
課題2.このように当たる確率が100%にできない場合には数学的には損になることが期待される。日本における宝くじも、数多くの売り場で発売されている宝くじすべてを買い占めるといった非現実的なことをしない限り、100%当たるといったことはない。
そうした非現実的な買い方を除き、買い方に様々な工夫をしても当たる確率は絶対に100%にはできない。しかしながら、それにも関わらず、かなり数多くの人々が宝くじを購入している。
こうした宝くじ購入者の行動は数学的には「合理」的ではない。数学的には非合理な行動をなぜ数多くの人々が取るのか(すなわち、人々のどうしたneedsを充足するものなのか)を説明するとともに、どのようにすれば宝くじの購入金額を増加させる(すなわち、宝くじのdemandを増加させる)ことができると考えられるのかを説明しなさい。
課題3.日本における宝くじに関して、くじの当選確率がどのようになっているのかという事例を調べるとともに、発売されているすべての宝くじを購入した場合の収益を計算しなさい。(また、宝くじ事業の収益構造を調べなさい。)
次に前述の例で、奇数の目に賭けた場合のオッズが2倍というオッズを追加で設定した、としよう。
この場合には下記の表のようになる。
数
|
出現確率
P
|
オッズ
O
|
賭け金
B
|
払戻金額
R
|
払戻金の
期待値
E
|
「賭け金」と
「払戻金の期待値」
の差額
|
偶数
|
50%
|
2倍
|
5,000円
|
10,000円
|
5,000円
|
0円
|
奇数
|
50%
|
2倍
|
5,000円
|
10,000円
|
5,000円
|
0円
|
5の倍数
|
20%
|
5倍
|
2,000円
|
10,000円
|
2,000円
|
0円
|
合計
|
120% |
――
|
12,000円
|
――
|
偶数、奇数、5の倍数というオッズ設定されているすべての出目に、上記のような金額をかけた場合には、5の倍数が出た時には8,000円の得に、5の倍数が出なかった時には2,000円の損になる。
課題4.さて偶数、奇数、5の倍数というオッズ設定されているすべての出目に何回も賭け続けた場合、統計的期待値としては得をすることが期待できるかどうかを説明しなさい。
ここまでの事例は「正しい」確率が事前に知られていた場合の事例である。次に、そうた「客観」的確率ではなく、「主観」的確率に基づくオッズ設定をした場合を考えてみよう。しかも「主観」的確率であるから、「主観」的確率の合計が100%を超えていたとしても構わないとする。
こうした「主観」的確率の合計が100%を超える具体例としては、21世紀前半期における自動車のイノベーションに関して世界においてどのタイプのイノベーションが成功するのかを「主観」的に予想する場合を考えて見ればよい。
自動車に関する特定タイプのイノベーションに熱心に取り組んでいる技術者たちであっても多くの場合、自らが取り組んでいるタイプのイノベーションが競合イノベーションに打ち勝って100%の成功を収めるとは限らないと考えている。また他の競合イノベーションの成功確率がそれぞれ何%であるかと「客観」的に分析しているわけではなく、「主観」的に確率を考えているだけである、と思われる。
そして各タイプのイノベーションごとにそれの成功確率を個別的に考える限り、下記のようにすべてを合計して100%を超えることもよくあると考えられる。
ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの燃費改良など既存自動車の技術革新によるイノベーションが成功する確率を50%、ハイブリッド自動車のイノベーションが成功する確率を30%、通常の電気自動車(充電池+電動モーター型の電気自動車)のイノベーションが成功する確率を20%、燃料電池型電気自動車(燃料電池+電動モーター型の電気自動車)のイノベーションが成功する確率を5%、太陽電池型電気自動車(太陽電池+電動モーター型の電気自動車)のイノベーションが成功する確率を2%、キャパシタ型電気自動車(キャパシタ+電動モーター型の電気自動車)のイノベーションが成功する確率を1%と想定するような場合である。
なお事例としては再び競馬レースの場合を考える。下記のオッズ表は以下のような前提に基づいて作成されている。
前提1.予想した馬が勝利した時に10,000円の払戻金を受け取れるようにする。
前提2.それぞれの馬が勝利すると賭け手が予想する「主観」確率に対応してオッズを設定する。すなわち少なくとも賭け手の予想としては、「賭け金に対して得られる払戻金の期待値」が「賭け金」と同額になるようにする。
最初の事例の解説で述べたように、「賭け金に対して得られる払戻金の期待値」を「賭け金」と等しくするのは、賭け手にも胴元側のどちらにも「合理的」であると考えることができる。
下記のようになっている場合には、どの馬に賭けても「期待される損益」はゼロであるから、単純に考えると、1つの馬だけに賭けても、複数の馬に賭けても、すべての馬に賭けても「期待される損益」はゼロのように思われる。
しかしながら、起こりうるすべての場合に対して「損をしないような合理的賭け方」をすると、すなわち、すべての馬に賭けると、実際には損をすることになる。下記の表によれば、賭け金の総額が10,500円であるのに対して、どの馬が勝っても払戻金は10,000円にしかならないので、起こりうるすべての場合に賭けると500円の損になる。
起こりうるすべての場合に対して「合理的」な賭け方をした場合、この事例のように予想勝利確率の合計が100%よりも高い設定では賭け手側が損をすることになる。
馬
|
勝利
確率 P
|
オッズ
O
|
賭け金
B
|
払戻金額
R
|
払戻金の
期待値
E
|
「賭け金」と
「払戻金期待値」
の差額
|
A
|
50% |
2倍
|
5,000円
|
10,000円
|
5,000円
|
0円
|
B
|
25% |
4倍
|
2,500円
|
10,000円
|
2,500円
|
0円
|
C
|
20% |
5倍
|
2,000円
|
10,000円
|
2,000円
|
0円
|
D
|
10% |
10倍
|
1,000円
|
10,000円
|
1,000円
|
0円
|
計
|
105% |
――
|
10,500円
|
10,000円
|
10,000円
|
-500円
|
課題5.イノベーションに対する個別企業における投資、あるいは、政府における投資では、「客観」的に「正しい」確率を求めることは一般的に不可能である。それゆえ確率を考える場合でも、「主観」的確率にならざるを得ない場合がほとんどである。
さて上記で論じたように、「主観」的確率の合計が100%を超えている場合には、個々の選択肢に関しては「主観」的確率に対応した合理的な選択をしても、すべての選択肢を同時に選択した場合には必然的に損失が発生することになる。
こうしたことに関して、どれか事例を挙げてわかりやすく説明しなさい。