製品やサービスに関する「情報の非対称性」問題

「製品を製造している企業」(あるいは、サービスを提供している企業)と、「製品あるいはサービス(以下、サービスを含め製品と呼ぶことにする)を利用している消費者」との間では製品に関する情報の質および量が大きく異なることがよくある。こうした現象も「情報の非対称性」と呼ばれる問題の一種である。

 なお「情報の非対称性」問題と区別して取り扱うべき理論的問題に「認識の不完全性」問題(「情報の不完全性」問題)がある。
 製品に関する関係者すべての認識が完全であれば、すなわち、すべての関係者が製品に関する完全な情報を持っていれば「情報の非対称性」問題は生じないという意味では、「情報の非対称性」問題は「認識の不完全性」問題(「情報の不完全性」問題)でもあることは確かである。
 しかしながら「情報の非対称性」問題は、「関係者間での情報量の差異」を特に問題とするものであり、「すべての関係者が製品に関する完全な情報を持っていない」ということを問題にしているわけではない。[後者の問題が「認識の不完全性」問題(「情報の不完全性」問題)である。]
 その逆に、薬害問題や公害問題で実際に起きたように、ある関係者が「製品に関する完全な情報を持っている」にも関わらず自らの利益追求のために、「製品に関して不完全な情報しか持ってはいない」他の関係者に対して、意図的に自らに不利益な情報を秘匿したり、事実とは異なる情報を提供したり、他者から求められた情報開示要求に応じなかったりする場合に法的問題や倫理的問題が発生することになる。

「情報の非対称性」問題を生起させる諸要因

要因1.設計情報・製造情報に関わる情報の非対称性
 企業は当該製品に関する設計情報・製造情報を持っており、製品の問題点やバグをよく知っているが、消費者はそうした情報を持つことが困難である。

要因2.多様な競合商品の存在、および、製品lineupの多様性に起因する情報の非対称性
 企業は製品間競争で優位に立つために、十分な市場調査をおこない、当該の製品と競合する可能性のある製品と比較した長所および短所までもよく知っているが、消費者はそうした情報を持つことが困難である。

 要因1や要因2の結果として、消費者が自らのneedsやwantsを明確に認識していた場合でも(ただし実際には個々の消費者はclear and distinctな形では知らないことが多いのだが)、さまざまな企業が提供する様々な製品それぞれに関して、当該消費者に対してどの程度までの有用性を与えるものなのかといったneeds充足度を明確に認識していることは少ない。

要因3.製品の機能・性能を理解するために必要な科学的知識・技術的知識に起因する情報の非対称性
 高度な科学・技術に基づくIT製品や医薬品などの場合には、製品に関する情報の正確な理解のために多種多様な科学的知識・技術的知識を必要とするものであるけれども、そうした知識を企業は有してはいるが、個々の消費者の多くは有してはいない。
 そのため、製品を使っていても製品に関する情報をよく知らない消費者も多数いる。最近のケータイ電話会社はLTE(Long Term Evolution)サービスやテザリングサービスを売り込もうとしているが、LTEとは何か、テザリングとは何かを明確には判っていない消費者は多い。またLTEはケータイ電話として第3.9世代に相当するといわれるが、第1世代、第2世代(2G)、第3世代(3G)とは何かを明確に説明できる消費者はかなり少数である。またLTEはなぜ第3.9世代という位置づけになるのかを説明できる消費者も例外的である。
 実際には、この要因3と要因1が複合的に働き、消費者は自らのneedsを最も低コストで充足する製品はどれなのかとか、少し価格は高くても自らのneedsを最も充足する製品はどれなのか、コストパフォーマンスが最も優れた製品は何かといったことを明確には認識することができない。

要因4.製品の製造品質のばらつきに起因する情報の非対称性
 製品ごとに品質にばらつきが存在するにも関わらず、一般に消費者は一つの製品しか使わない。自らが購入した製品が例外的に不良品であったのか、それとも例外的に高品質の製品であったのかを個々の消費者は知りようがない。

要因5.多様な使用状況下における製品の機能・性能・品質に関する問題点に起因する情報の非対称性
 製品は多種多様な場面において多種多様な使い方がなされるものであるが、個々の消費者はそれぞれある限定された場面においてしか製品を使用していない。長雨が続いた梅雨時で湿度の高い場合でもうまく動作するのか、夏の暑い時(あるいは冬の寒い時)でも何の問題もなく動作するのか、長時間連続使用した場合でも問題なく動作するのか、長期間使用した時に突然誤動作するようなことはないのかなど、製品使用が想定される多種多様な場面での多種多様な使用法による問題点を、企業は故障品の修理や消費者からのクレームによってよく知っている(あるいはそうであることが強く期待される)が、個々の消費者は他の消費者の製品の故障情報やクレーム情報を知らないことが多い(消費者にそうしことを強く期待することはできない)[注1]
 また競合製品と比べた当該製品の長所や短所、あるいは、製品の平均故障時間[Mean Time To Failure]など製品故障に関わる情報を企業が積極的に公開することはあまりない。自社の製品が競合製品に比べて様々な点で特に優れている場合や、自社の製品が競合製品に比べて特に故障率が低く高品質であるなど、自社に有利な場合を除いて積極的に公開することはない。(法的にリコールが強制される場合や、消費者に問題点を公開し注意を喚起しないと自社の法的責任が問題となる場合を除き、少なくとも自社製品の問題点を企業が積極的に公表することはほとんどない。)

 製品に関するこうした情報の非対称性の存在ゆえに、ステルスマーケティング(stealth marketing)が可能となるのであり、「賢い消費者」として様々な情報を集めることが問題になる。


[注1] ただし実際には、製品リコールの場合に見られるように、製品の欠陥について企業が知っていないこともある。しかしその場合でも、技術的知識の乏しい消費者よりも、製品設計に関わった技術者、製品製造に関わった技術者・工員を抱える企業の方が当該製品に関して圧倒的に多くの情報を持っていることに変わりはない。

[考えてみよう]
課題1.上記で論じていることを具体例で説明できるようにしよう。またその際に、故障率の比較など具体的な数値データを調べよう。
「情報の非対称性」の発生原因には、「製品・サービスに関して企業が持つ設計情報および製造情報は外部に対して秘匿されていること」、「企業と消費者との間でそれぞれが有している科学的知識や技術的知識が異なること」以外にどのようなものがあるのかを考察してみよう。
「情報の非対称性」が大きい製品と小さい製品の差異は具合的にどうなっているのかを調べるとともに、そうした差異の原因を考察してみよう。

課題2.スーパーなどで販売されている冷凍食品、レストランにおける料理の素材、ファーストフード店などが利用している加工肉の素材をめぐる問題など日常生活の場面を例として、「情報の非対称性」問題を分かりやすく論じてみよう。

[ヒント]「ミートホープ社の牛肉原料偽装」事件、「中国製冷凍餃子中毒事件」事件、「ピンクスライム」問題、「汚染粉ミルク」事件、「地溝油」事件

[参考WEB]
わかやま市民生協(2007)「ミートホープ社の牛肉原料偽装事件に関するご報告」わかやま市民生協ニュース
http://www.wakayama.coop/wnews/vew.cgi?no=20070731161623
高田勝巳(2008)「毒入り餃子事件を中国人は本当はどう見ているか?」<連載>ビジネスマンのための中国経済事情の読み方、第8回、2008年2月13日
http://diamond.jp/articles/print/3687
Food Communication Compass(2012)「米国で大騒ぎ、日本への影響は?「ピンクスライム」問題」foocom.net、2012年4月20日
http://www.foocom.net/special/6332/

課題3.「情報の非対称性」問題は、企業と消費者の間だけでなく、企業と企業の間にも存在する。そのことを事例を用いて分かりやすく論じてみよう。

課題4.「情報の非対称性」問題と「認識の不完全性」問題(あるいは「情報の不完全性」問題)は、関連はしているが区別すべき問題である。
 「情報の非対称性」問題は、経済取引に関わっている当事者相互で製品に関して有している情報の質や量が同一ではなく異なっているということ、すなわち、製品に関して当事者の片方がより十分な認識を有しているのに対してもう片方がより不十分な認識しか有してはいないという問題である。
 それゆえ、当事者の片方の認識はより不十分で不完全であるという意味では製品に関する「認識の不完全性」が問題となるが、もう片方の当事者に関しては「認識の不完全性」は存在せず、製品に関する認識は完全である(あるいは、完全に近い)と想定されている。
 これに対して、消費者と同じように製造業者も同じにように製品に関する知識が不完全である場合のように、製品に関する当事者双方の認識が同じように不完全である場合に生じる問題は、「認識の不完全性」問題とでも呼ぶべきものであり、「情報の非対称性」問題とは明確に区別する必要がある。

 このことに関連して、ボーイング787型機やレストランを例として情報の非対称性を論じている下記論稿を日経テレコンから自分でダウンロードして読み、どこがどのように問題と考えられるのかをわかりやすく説明しなさい。

柳川範之(2013)「市場の機能(5)」(ニュースを読み解くやさしい経済学)『日本経済新聞』2013年2月11日朝刊、19面

課題5.製造業者vs消費者の場合には当事者双方における「情報の非対称性」問題が大きな問題であるが、販売業者vs消費者の場合には当事者双方における「認識の不完全性」問題(あるいは「情報の不完全性」問題)が大きな問題となる。
 なぜそうなのかということ、および、そうしたことが問題となった事例をいくつか調べて説明しなさい。
 
あるいは、「ミートホープ社の牛肉原料偽装」事件、「中国製冷凍餃子中毒事件」事件には、当事者双方における「情報の非対称性」問題と当事者双方における「認識の不完全性」問題の二つがともに生じている。このことをわかりやすく説明しなさい。

[情報の非対称性に関して詳しく調べてみよう]
詳細調査課題1.テザリングサービスに関してauとソフトバンクには違いがあるがそれは何かを、企業は知っているが多くの消費者は知らない。いったい両者でどのような違いがあるのであろうか?またそうした違いが生じる原因は何か?

詳細調査課題2.LTEを利用したデータ通信に関する制限はauとソフトバンクとの間で一部に違いがあるが、そうした違いを企業は知っているが多くの消費者は知らない。いったい両者でどのような違いがあるのであろうか?なお違いには、LTEで利用可能なデータ上限量の設定のあり方や、コンテンツの種類による規制などいろいろとある。
http://mb.softbank.jp/mb/news/contents/201211091811300000/index.html
http://mb.softbank.jp/mb/price_plan/smartphone/4g_packet_flat/
http://mb.softbank.jp/mb/iphone/price_plan/packet_flat_lte/

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